ほらふき男の旅行かばん

ほらふき男が僕の町に帰ってきたらしいと、きのうの夜、大人たちが話しているのを聞いた。

ほらふき男は教会の近くの古い空き家をねぐらにしているそうだ。
ほらふき男は、年中旅に出ていて、季節の変わり目になるとふらりと町へ帰ってくる。

ほらふき男の話を、みんな聞きたがった。
海の向こうの知らない国々で暮らしている、知らない人たちの生活。
広大なアラスカの大地で、ヘラジカを捕まえた話。

ほらふき男の話が本当か嘘か、だれにも確かめることなんかできやしなかった。ここの町の人々ときたら、まるで地面から生えてきたみたいに、同じところから動かないで、年がら年中同じことをくりかえしているから。

だからみんな、彼のことをほらふき男と呼んでいた。

金物屋のご主人は「あのフーテンのほらふき野郎」と、はき捨てるように言ったし、花屋のお姉さんは、「いつまでたっても夢見がちなほらふき男さん」と、少し濡れた瞳で遠くを見つめながらつぶやいた。

僕はほらふき男にあったことがない。だってほらふき男のねぐらには近づいちゃダメだって、学校の先生が言うんだ。だけど今夜僕は行ってみるんだ。もう学校へは行かないと決めたんだ。

夜になるのを待って、僕はマッチとろうそく、それにぴかぴかに磨いた林檎を1つ持って、教会のそばの空き家へ向かった。ほらふき男は長旅で疲れているだろう。おなかをへらしているかも知れない。そうしたらこの林檎を差し出すつもりなんだ。電気はきっと無いからろうそくに火をともして、そして向かい合って、男同士の話をするんだ。


おそるおそる、重いドアを押して中に入る。ドアがきしんで大きな音をたてる。

みじかい廊下を歩いて、ひとつかどを曲がると、大きな部屋があった。床一面に、古ぼけたトランクが散らばっていて、そのトランクの1つに、やせた男が腰掛けていた。暗くて顔がよく見えない。

「ほらふき男さんですか?」
ぼくは尋ねた。
「町の人たちは、僕のこと、そう呼んでるみたいだね」
男は言った。

僕はなんて言ったら良いのかわからずにつっ立っていた。
「まあ 座りなよ。丁度話し相手がほしかったんだ」

僕はほらふき男のそばに腰をおろした。

「きみ、マッチを持ってる?」

僕がマッチを差し出すと、ほらふき男は胸ポケットから煙草をとりだし、火を点け、それを口にくわえ、煙草の箱を胸ポケットに戻した。

「たくさんかばんをお持ちなんですね。」
僕が感心してみせると、ほらふき男は得意げに言った。
「ここにあるかばんの中にはね、僕の旅がつまってるんだぜ。たとえばほら、君が腰掛けてるやつは春の森へ行ったときのだよ。開けてご覧」
僕は立ち上がってカバンをあけ、マッチを1本すって、かばんを照らした。
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すると、かばんの中から一匹の野うさぎが飛び出した。耳と鼻をぴくぴくさせて、青々とした草をはんでいる。
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「わぁ…」
僕が見とれていると、ふいにマッチの火が消え、野うさぎはその一瞬のすきをついて、どこかへ消え去ってしまった。
「ご ごめんなさい」
「いいんだ。やつは森へ帰っていったのさ。僕はあの野うさぎがあんまり可愛らしくて、誰かにみせたくて、ついつい持って帰ってきちまったんだけど、こうして友達に見てもらえたから、もういいのいさ。」
友達と言われて、ぼくはうれしくて、ほおを真っ赤にしてしまい、それで林檎のことを思い出した。
「きみ、おなか空いてるかい?林檎あるんだけど食べる?」
「それはありがたいな。でも気持ちだけいただくよ。僕は煙草があれば満足だから。その林檎、きっと君に必要だからとっておきなよ。」

そういって、ほらふき男は満足げに煙草をくゆらし、次々と旅行かばんを開けていった。

どのかばんからも、すてきな旅の一瞬の光が現れては消えて行った。
赤れんが広場の街灯の下で踊る、パントマイムの道化師。
透き通った湖に水を飲みに来た鹿の親子と、水に映る彼らの影。
廃墟になった遊園地で、今も回り続けるメリーゴーラウンド。
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ほらふき男は熱っぽく語り、僕は興奮して聞き入った。

そうして気づかないうちに、僕は眠りにおちていたようだ。
目が覚めると窓から光が差し込んでいて、ほらふき男のすがたはどこにも見当たらなかった。
鍵の開いたからっぽの旅行かばんが、部屋中に散らばっている。
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ぼくはその中から、それほど大きくはないけれどつやつやと光る、とびきり軽い旅行かばんを選び取った。昨日の夜まで、春の森の野うさぎが入っていたやつだ。

その中にマッチとろうそく、それにぴかぴかの林檎を入れて、僕は外に出た。

雪が降り始めている。
急ごう。旅にでるんだ。

どこに行き着くかわからないけど、世界中のいろんなことを、この目で見てやるんだ。
旅行かばんにはまだまだたくさん余裕がある。そこに、旅先でみたもの、たくさん詰め込むんだ。本当の友達だけに、それを見せてあげる。

僕は真っ白な地面にくっきりと足跡を残して、南に向かって歩き出した。
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by junocchi | 2011-01-08 00:42 | 小物 | Comments(0)